Posts

Showing posts with the label 日本人

海外で成功するのは、朱に交わっても赤くならない人間

Image
私は海外に行くと、必ず現地のスターバックスに行くようにしている。美味しい珈琲が飲みたいとか、現地の食事が口に合わないから等の理由ではない。来店客を観察していると、その国々での文化や民度が感じ取れて面白いからだ。また当然、観光客も多く訪れる場所なので、彼らが異国の地でどのような立ち振る舞いをしているのかも見る事が出来て、非常に興味深いのである。  どういうことか?  例えば注文した商品を受け取るカウンターの周辺で、待機している人間の態度・行動を観察しているのも面白い。自分より先に注文をしたお客様が多くいるのに、真っ先に身を乗り出して自分のドリンクを受け取ろうと、待ちきれない様子の国の人間がいる。かと思えば、いったん席についてゆっくりと順番が来るのを待っている国の人間がいる。列が長くなってくると、待ちきれずに同じドリンクであるからと何食わぬ顔で先に取ろうとする国の人間もいるのである。  また、これは私が最も重要視している点なのだが、飲食を終えて帰る際のテーブルの在り方を観察するのも非常に面白い。飲食を終えたら、そのままほったらかしにして帰る国の人間がいる。ケーキの食べかすが、テーブルの上や床に散乱していても構わずに席を立つ国の人間もいる。自分たちのグループの人数に応じてテーブルや椅子を定位置から移動して利用したのに、元に戻さずに帰る国の人間もいる。また、飲食を終えたらカップ・グラス・お皿などは全てカウンターに戻して、自分の使用したテーブルを拭いて帰る国の人間もいるのである。  私の分析では、この違いは主に先進国・発展途上国・後進国などと、国民の民度の違いによって分類される事が多い。少し硬く言うとマズローの五段階欲求において、ピラミッドの低位置に分類される国民が多い国のスターバックスであると、私の経験上では哀しい光景が見られる傾向が高い。  ちなみに私が一番悲しい気持ちになる時は、世界で最も民度の高いとされる日本人であっても、自分が飲食したテーブルが汚れたままで席を立っていく姿を見る時である。とある発展途上国で知り合った日本人の方とスターバックスで飲食をした際、その方が片さずにそのまま席を立とうとしていたので、実際にその方に、何故片さないのかを聞いた事がある。するとその方は、「この国では皆そうしてますよ」と答えたのである。そ...

資産家の一億円の使い道

Image
こんな逸話がある。  とある日本人の資産家の老人が孫に言った言葉である。   資産家の老人はテーブルの上に一億円分の札束を乗せて、まだ小学生だった孫に対してこう言ったのである。  「この一億円をお前さんに全部あげるのと、一千万円分の束を10人に分けて与えるのと、どちらの方がより多くの笑顔を生み出す事が出来る可能性が高いかのう?  答えは明確であろう。  わしの資産はいずれお前さんの手に渡る事になる。そしてその時になって、この資産をどのように使うかはお前さんの自由だ。しかし我が家に代々伝わるこの大切な家訓だけは忘れずにいて欲しい。コレはわしのパパ、そしておじいちゃんから教わった事じゃ。   我が家は莫大な財産を築き、長年にわたって何不自由なく生活できている。それは如何に財産を守ろうだとか、如何に財産を増やそうだとか、そのような考えだけで生きてきたからではない。  常に周囲の人間がより快適に、より幸せに生活が出来るような社会の環境の改善や、周囲の人間の笑顔をより多く生み出す為の活動に投資をしてきたからこそ、我々も財産を築き豊かな生活が出来ているのだ。我が家の資産は、周囲の人間の幸福と多くの笑顔によって支えられておるのじゃ。決してこの事を忘れてはならぬぞ。」    この日本人の資産家は、戦後の貧しい人々に自らの所有する広大な土地を開放して無償で住まわせている。そしてその敷地内での開墾や農業を営む事も自由としている。つまり無償で住居を提供しただけではなく、その土地で商売をする事さえ許しているのである。しかも土地代や賃料、商売に関する手数料なども一切頂戴する事なくである。一見すると、この資産家の善意や道場からくるただの寄付的な行為に見える。    しかし資産家のこれらの行動により、彼の所有していた土地一帯は他の地域よりも発展する事になり、住む人々も潤い生活も豊かになっていった。結果的にこの資産家は、周囲地域の経済が発展した事による恩恵を受ける事になったのである。    もしこの資産家が短期的な利益だけにしか目がいかずにいたらどうだっただろうか。戦後の貧しい人々から土地代や賃料を摂取していたら、地域の発展はなかったかもしれない。仮に発展していたとしても...